FIGHT CLUB

俺とオマエのFIGHT CLUB

「マジメで誠実で正直な人」が非モテ化しがちなのは、彼らが欲求に対しては「不真面目で不誠実で不正直な人」だから。/(非モテを“地獄”に追い込むルサンチマンとニヒリズム)

 

語る内容はタイトルの通りです。

 

みんな本当は女の子が大好きで大好きで仕方なくてめちゃくちゃドエロいセックスしたいくせに、「恋愛?そんなもんにうつつ抜かしてんの?(笑)くだらねぇw 世の中もっと大切なもんがあるだろw  オンナとか性欲に脳みそ支配されてんじゃねーよw」という個々人の欺瞞。そしてそういう社会全体の文化コード。

それが大きな矛盾となって、この国の非モテを量産しています。

 

副題:非モテ大国・ニッポンに蔓延するルサンチマンニヒリズムについて。

quoted from

 

* * * * * * * *

 

まず、大前提として、オナニーとは欺瞞である。

・モテホルモン「テストステロン」は欺瞞が大嫌い

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非モテの大好きなオナニー。

彼らは週5〜6回と怒涛のペースでシコりにシコっている。非モテオスの自慰行為自体は自然界においてももちろん散見されるが、プログラムされた生殖システムの仕組みを完全に破壊するほどの浸透習慣にしているのはヒトだけである。

 

 

■過度なオナニー習慣はテストステロン値の低下(草食化)を引き起こす。

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テストステロン値が低下すると、以下のような症状が発現する。

・キモい振る舞い(ビクビク、おどおど、臆病)

・バイタイリティの低下(快活でなくなり行動力ダウン)

・卑屈な思考(“リア充がモテるのは顔面が全て!”、“負け組の俺は努力したところで恋愛なんて一生無理!” or !)

・現実逃避(“俺は彼女なんていらない、二次元で十分”)

・負け惜しみの自己正当化(“恋愛なんて知性のないバカがやるもの、くだらない!”)というような態度をもたらす。

 

テストステロン値が低下した時の問題症状の一つに、自分自身やその欲求に対して正直に向き合えなくなることがある。非モテが捻くれるのはまさにこの思考の歪みが原因だろう。彼らは日々励むオナニーによって、現実を捻じ曲げるような状認識・構造把握をするようになる。

 

ありとあらゆる生活習慣の中でもっとも男の恋愛にマイナスな影響を及ぼすもの。それがオナニーだと思ってほしい。

 

 

非モテ男は毎日のオナニーによって自らテストステロン値を引き下げている。

→モテなくなる

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ーーオナニーはオスの自意識に強く“負け”を刻み込む行為である。

・365日毎日毎晩シコシコ…シコシコ…とやむことのない自慰を繰り返すことでテストステロン値は長期的に大きく減退する。性的劣等感が身に刻まれる事でテストステロン値は下方硬直する。

・リアルで他者と接して傷つきたくないがために自閉的に一人で興じはじめた行為(オナニー)によって、非モテはあろうことか自分の一番大切なものを傷つけている。日々の行為が非モテ自尊心自己肯定感をキリキリと蝕む。

・ボロボロに脆くなった自分から目を逸らすために「酸っぱいブドウ」的な虚ろを打ち立てて認識や思考をへり曲げる。

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■一方、モテ男は日々のセックスによってテストステロン値を高く保っている

→ますますモテる

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ーーセックス、それは有性生殖をする動物にとって最強の承認かつ最強の肯定。

・異性から身体をゆだねる価値がある“最高のオス”として認められる事が、オスのテストステロン値の上昇をもたらし、強靭で揺るぎないプライドや、男としての自信を持たせる。

・それら内的なものが、外面の堂々として余裕のある“モテる男の振る舞い”を錬成し、また、奮い立った気持ちをすぐに行動へ移せる度胸もつく。

・勇気を出して美人をデートに誘い、自信を持って口説く、この男らしい態度によって成功(性交)が呼び込まれる。

・もし失敗したとしても、テストステロンの効果で精神が強靭なため、メンタル面で大きなダメージを受けることがなく、そのポジティブさが次の行動と成功を呼び込む。

 

 

 

■内面で抑圧された欲求が、オスとしての不自然さ=“キモさ”になる

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非モテ「性的欲求=悪」という概念(ルサンチマンによる)によって、性欲の発露を抑制し、押し殺そうとする。

しかし、自然本来の健康なオスとは性に対して快活なもの。

その「振る舞いの不自然さ」=欺瞞が彼らの「キモさ」の醸成に繋がっている。

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*自然界においてstrangerは種の脅威であり、生殖においては忌避の対象である。何らかのウイルスに感染していたり、染色体異常などの可能性が高い。

 

「性欲を出さなければモテる」は間違い。正しいアドバイスは、「欲求不満感は出さない方がいい」だ。

 ーーモテるためには、「セックスは普段からいくらでもしてますよ」という雰囲気を醸し出す事。本能的にメスが好きなのは「たくさんの女にモテているオス」である。「誰にも相手にされていない不人気オス」ではない。

*ただし、ヒトの文化には1対1の結婚があるので、実際に言葉にして発言する事は逆効果だ。(「浮気男はダメ」という理性的な文化コードがあり、せっかく「モテるオスが好き」という女の本能をバックしていても、コトバにすることにより女のタテマエ思考=理性が発動するため。)

 

ーー性欲が皆無な存在(無害キャラ)として振る舞う男、あるいは性欲や異性への好意を何としてでも隠し通そうと抑制する男なんて、不自然(stranger)すぎて、論外だ。

・メスが本能的なセンサーで感じる“キモさ”は“オスとしての不自然さ”から来ている。本能的に「なんかコイツおかしい」と思うと、女は発情しない。女にとって「男として認識していない男のペニス」を想像するほど“キモい”ことはない。

・生物界において、“不自然さ”は一番の非モテキーワードである。「なんだこいつ、怪しいな」となればメスは絶対に近寄らない。怪しい奴が持つ遺伝子は、だいたい生殖性能が皆無だからだ。

 

 ーーもちろん性欲丸出しにすれば良いというものではない。

・「○○ちゃ〜ん!🤪😍 ・・・ハアハア、興奮するぅぅぅ」という振る舞いは、自然界においては非モテオスの典型である。

・モテるオスの欲求不満ではない態度(=モテることの証左)からくる“余裕”や“落ち着き”、“焦燥感の無さ”は、「モテるオスが好き」なメスの生殖本能を虜にする。

・自然界においてモテるオスはセックスに満足しているので、欲求不満=セックス不足=モテないという事を暗示するような態度は取らない。彼らは性的に満足しているから、自信を持って堂々と余裕のある態度でメスに接するし、イザとなれば非モテオスのようにセックスを懇願するのではなく、主導権をもって力強くリードする。

 

 

 

 

非モテは疑似恋愛によってナマの人間に向き合わない為、キモさが醸成される

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非モテ「ナマの異性を抱きたい!!そして男として認められたい!!」という有性生殖生物にとっての“本能的欲求”(=性的リビドー=生殖競争エネルギー)を無理やり抑圧する。

そしてそれをアイドルとかAVとか二次元とかキャバクラとかの疑似恋愛にうまくすり替えて、生命力の根源であるエネルギーを日々シコシコして“ヌキ”、自分をゴマかす。

疑似恋愛はナマの恋愛と違って一方通行的でフィードバック機能が無いため、「キモい奴は拒絶される」という、自然界のオスなら誰もが何度も身をもって学ぶ法則を、ヒトの非モテオスは学ぶ機会がない。

 

 

■ヒトの脳は “虚構”を実際の恋愛として認識し、経験として学んでしまう

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ーー『サピエンス全史』で語られたように、アタマで“虚構”を生み出せるのはホモ・サピエンス特有の能力だ。

 

ヒトの世界には架空の恋愛(漫画、小説、ドラマ、映画)がたくさん存在しており、それらは作者によって実際のものとは大きく歪められている。

だが、ヒトは事実と虚構について、コトバ上(理性、タテマエ)では判別できるものの、脳の仕組み上、実感として判別する事はできない。

ゆえにヒトは恋愛モノを見聞きした時に、“実際の経験”として自分の中に蓄積してしまう。

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しかし、それらは男による「こうあって欲しい」という勝手な願望の妄想的な反映だったり、女による無意識的なホンネの秘匿とタテマエ思考の産物だったり、また、社会的な倫理コードによる婉曲(実際にあるはずのものが描かれなかったり、美化されたり)が多く存在したりと、実際の恋愛とは実態がかなり異なるものが多い。

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それにも関わらず、前述したように実際の恋愛に触れる機会がない非モテは、現実からフィードバックを受けることもなく、これらの虚構のみを「経験」として学んでしまう。

 

そこに現実と虚構の齟齬が生まれ、非モテの自閉的な“キモさ”ーー相手に向き合わずにひとりの世界を作り、そこでフィクション恋愛という“経験”に実際の恋愛を“照合”し、迷妄的に暴走していくー一ーを生む要因になる。

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■そもそも、ヒトは生物(生殖エネルギーの塊)である。

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“異性に認められたい”=“モテたい”

 

 

ーー一これがVehicle for genes (遺伝子の乗り物)たる人の、とりわけオスの、生命エネルギーのすべての根源にあるものである。

生物にとって、本来、この世のすべては自身の遺伝子生存を掛けた“生殖競争フィールド”に過ぎない。

その競争において、敗北したり、あるいは何らかの社会的抑圧によって“生殖のパイの獲得欲求”を阻害された非モテたちは、自身の中にある競争欲動を魑魅魍魎のエネルギーにして放出しようとする。エネルギー保存の法則である。

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おもえばこういう弱者としてのルサンチマン(劣等感、負け犬感情) のエネルギーが、人類の発展をもたらしてきた。

出世願望や金銭願望、あるいは社会貢献願望・・・それらの根っこには本能的な承認欲求がある。そしてそれは「群れの中で目立つことで異性から認められたい」という性的アピールであり・・・

 

つまりすべては「モテたい」という生物の根源的なリビドーが、「理性のゴマかし」によって形を変えたものに過ぎない。

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*ロケットは射精のメタファーだ

 

ルサンチマンははじめに“正義”“モラル”という形に託けて地球上に出現したことだろう。たとえば結婚制度がそうだ。負け組たちはまともにやると生殖のパイを争う競争に勝てないから、民主主義のもと自分たちに都合のいい“虚構ルール”を社会に導入した。

 

「モテてセックスできる奴が偉い!」という生殖競争における単一の自然ルールを否定し、「オス1匹につきメス○匹まで」という結婚ルール(いわば共産主義的な生殖資源の分配)を新たに導入した。ルールを設定したから「ズル」も生まれた。「モテる奴=悪」「複数異性の確保=罪」・・・これらはルサンチマンの現出だったのだ。

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ヒト社会において、非モテオスたちが二股という「ズル」を行ったオスに対して“義憤”したり、“モラル”の元に集団で叩いたりするのは、彼らが決して“正義というものを誤認”しているからではなく、むしろそのむかつく!という感情こそがまさしく『正義(justice,裁き)』の正体であったわけだ。

 

 

この「正義」という名のルサンチマン(負け組感情) は、モテ強者であり、本来は自然界のアルファである“二股オス”が、メディアの報道によって“失脚”して、社会から後ろ指を向けられはじめたまさにその時、いっせいに噴き出す。強者の社会的評価地位が底まで転がり落ちた時にこそ、負け組たちは溜め込んできた鬱憤をヘドロのように、ルサンチマンのエネルギーとして放出する。すべては大いなる裁き(justice)を下すために。

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たとえゴリラのような極端なハーレム社会でなくとも、自然界において「オス」は基本的に“遺伝子プールの質を高める”役割を担うため、勝ち組の個体数よりも負け組の個体数のほうが多い。そして多数の負け組が少数の勝ち組に数の力で勝利するのが“民主主義”という社会ルールだ。

 

世界史上においても、人々のルサンチマンはある時は被抑圧者たちによる“社会改革運動”ーーつまり“宗教”ユダヤ教キリスト教イスラム教etc )という形をもってこの世界に出現して猛威を振るい、またある時には“社会破壊運動”ーーつまり共産主義のような「ちゃぶ台返し」という形をもってそのエネルギーを爆発させた。

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“ローマ人は強く、キリスト教徒は弱い。
ローマ人は強い。したがって、彼らは悪である。
キリスト教徒は弱い。したがって、彼らは善である。

悪なる者にはやがて天罰が下されるだろう。

善なる者はあの世で救われる。”

ーー by ニーチェ,  ルサンチマンについて。

 

 

 

もうお分かりだろうか?

 

ルサンチマン(弱者の欺瞞)こそがあなたを非モテに導いた全ての元凶である。

 

非モテ人間は「恋愛弱者であること」をむしろ“価値”に転換する無意識のルサンチマン思考や習慣によって形成される。

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*「弱者」を善とするあらゆる宗教はルサンチマンから生まれた

 

キリスト教に従って、「清貧(=経済的敗北)こそが一番な価値である」と信じたヨーロッパが、ローマ時代に比べてその経済活動を大きく停滞させたように。

 

「恋愛弱者であること」に無意識に価値を感じてしまっている(だから非モテから脱出できない)。それがルサンチマンだ。酸っぱいブドウ的な思考のすり替えである。

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ルサンチマンの仕組み>

1.「おいしそうな葡萄🍇がある」

2.「しかし(弱者であるため、)どうしても手が届かない」

この1&2の状況の時に、

A.「どうにかして食べたい」と頑張る 

→正当プロセス

B.「食べたいけど無理だな」と諦める 

→正当プロセス


C.「あの葡萄は酸っぱいらしい」or「酸っぱいに決まってる」と認識を変え、そもそもの求める必要を自己欺瞞的に消失させる

負け惜しみ(“Sour Grapes”)

*心の防衛機制・合理化 by フロイト

 

D.「葡萄を食べないことこそ善いことである」 or 「人として葡萄を食べることは間違っている」「(あんな美味しいものを) たらふく食べている奴がいるとしたら、それは悪だ。」

ルサンチマン(“ressentiment”)

*人間の本来の喜びとは掛け離れた価値創造によって世界に不幸を増大させている

by ニーチェ

非モテはまず、自分のアタマに染み付いているルサンチマンを自己認識しないといけない。

 

心のどこかで無意識に、

「モテる奴は悪だ、アタマが悪い、人間味が浅い、何も考えていない、人間としてレベルが低い」

と思考していないだろうか?

 

「憧れ」や「羨望」を、「そうなりたい」という同化願望にするのではなく、「絶対にああはなりたくない」と倒錯した価値観によって否定し、自らのDESIRE(やりたいこと・したいこと)に正直に向き合わず、ずっと誤魔化し続けていないだろうか?

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それは自己欺瞞だ。俗な言い方になるが、結局、男が人生においていい大学行きたいとかいい企業入りたいとか出世したいとか金が欲しいとか、それで何したいかって結局オンナなんだよ。

*そう思わない奴はオナニーのやり過ぎで24時間賢者モード(女イラナイ状態)になっちゃってる。オナニー禁止されたら偉ぶってるお前らの脳内はおっぱいとおまんまんだらけになる。

 

これをもうちょっとマイルドな言い方をすると、愛”のために生きる、になるし、次世代(子ども)のために生きる、になる。

 

そしてこれをもうちょいゲスい言い方に変えると、セックスのために生きるとか、性欲のために生きるとか、最高のナオンとヤるために生きるとかになる。

 

これらすべて尊いことなんだけど、

妬みや恨みや羨望をごまかす“欺瞞”から発生した価値観:倒錯的な倫理(=ルサンチマン)が世の中に蔓延っていて、それに洗脳されているせいで、

「セックスのために生きるってチンコ脳かこいつww」とか、「ぜんぶ性欲で動くってマジかwww」とか、下衆(ゲス)に思う気持ちや見下す気持ちがこれを読んでいるオマエらの中に湧いてくるわけ。

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「性的欲求は悪であり抑えるべきものだ」とか、「セックスに溺れて大事なことを見失ってはいけない」とか、それらの思考フレームはすべて、負け組のルサンチマンから生まれたものだ。

 

結局、生物が生殖エネルギーの塊であり、ヒトが有性生殖をする動物である以上、あらゆる欲求やエネルギーの根底には「性欲」があって、遺伝子が突き動かす異性獲得と生存の本能がある。

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・「服が好き」←自己承認欲求。アピールしたい気持ちの根底にあるのは生殖エネルギー

・「クルマが好き」←自己承認欲求。〃

・「イイ家が欲しい」←鳥類などに代表的な巣作り本能、オスはイイ家作ってメスにアピール、メスは子育てのためにイイ家が欲しい。根底にあるのは生殖エネルギー

・「サッカーが好き」←闘争欲求。観戦するだけでも満たせる。勝ちたい気持ちの根底にあるのは生殖エネルギー

・「マニアックな趣味」←自己承認欲求と闘争欲求。“一風変わってる自分”をアピールしたい。また、競争率の低い分野を選んでそこで闘争してヒエラルキーを上げたがるのは生殖弱者の特徴。ゆえに非モテが多い

・「フィギュアが好き」←女キャラクターもの多いしもろに性欲。男キャラクターの場合は強さへの憧れ(闘争欲求=性欲)も。

・「誰かのために生きたい。寄付やボランティア」←自己承認欲求。アピールしてモテたい気持ちが根底の無意識にでもある

・「SNSをがんばる」←自己承認欲求。アピールしてモテたい気持ちが根底にある

・「まだお前らイイネとかにこだわってんの?」←自己承認欲求。“次元が上の俺”を異性にアピールしてモテたい気持ちが根底にある

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結局、「モテたい」って深層心理ーーーヒトが生物学の範疇に収まる存在であり、生殖活動と遺伝子の保存(子供の育児・教育も)のために人生を捧げるべく生まれた生き物である以上ーーー、それ(性的なリビドー) が全てであり、人間のすべての欲求やパワーの根底にあるものだ(進化生物学的には)。

 

 

 

しかし、このルサンチマンの概念や構造を、弱者がみずから無意識的にでも理解し、認識し、自覚してしまうと、今度は別の問題が顔を出す。ニヒリズム(Nihilismus)である。いわば、ルサンチマンが突き動かす妬みからの負のエネルギーすら失われてしまった状態だ。

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ーーー結局、すべてはモテるためだったのかもしれない。

 

俺は今までそれを否定し、いわば非モテであることに価値を見出して生きてきた。恋愛やセックスを堕落だと認識し、それに溺れることがない非モテな自分を何か高尚な存在だと思って生きてきた。

 

セックスしまくってる男を「馬鹿だ、クズだ、チンコ脳だ、ゲスだ、」等と軽蔑して生きてきた。セックスのために股を開く女を「ビッチ、尻軽、アバズレ、淫女」等と侮蔑して生きてきた。

 

そして脳内に “聖なる女神” “穢れなき天使” という虚構のアイコンを設定し、「こんなに頑張っているのだから、いつか報われる」・・・そんな事を信じて、耐えて、自分はここまでやってきた。

 

イケてるやつらが彼女とかつくって遊ぶなか、少年期や思春期をずっと勉強に捧げる事ができたのも、そして現在進行形で仕事にひた向きに頑張れているのも、「エリートにさえなれば、金さえあれば、最後には俺は女に認められるだろう」というふうに、いつかの“救い”をずっと信じてきたからじゃないのか?

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恋愛やセックスの価値をずうっと否定してきたけれど、ほんとうは世の中のリア充のように、それを思う存分堪能できることを、自分は何より一番望んでいたんじゃないのか?

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これまでずっと自分は

 

・真面目

・誠実

・禁欲志向

・贅沢を憎んで質素倹約

・利己心を否定し利他的

・ボランティアなど社会貢献に積極的

・異性を性的な視線で見ない

 

というような、「マジメで誠実な良い人」を演ってきた。

それは、このような慎ましい振る舞いを、ひとえに “” と信じていたからだ。

そして、やりたい事や本能に率直に従い、欲求を満たすように日々生きる「バカ」なやつらを軽蔑や嘲笑に値するものーー“悪”だ、と盲信してきた。

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だけどもしこれが、強い者を“悪”、弱い者を“善”と勝手に定義した上で、「負け」とか「弱さ」とか、“持たざる者”である自分が唯一持っているものに対して大きな価値を見出すという、ルサンチマン(負け犬感情)による認知の歪みであったなら?

 

 

“『われわれ恋愛弱者は “善人” だ』

ーーーーだから、ピューリタニズム(=清なるモノや行為への信仰) に従って修練の苦行を積み、日々慎ましく生きることで、いつかは神(女神👼)のもとへと導かれ、救いを受けるだろう。。。”

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・・・・と、このように、生物の至上命題としての生殖競争に敗北したことによって、生殖エネルギーが自身の中で抑圧・阻害され、そのストレスから逃れるため、無意識的にある意味の生存本能が脳に認知の歪みを生じさせ、それがまさにルサンチマンと化し、その偽りの善と正義と倫理の力によって、自分の○○年間の人生のすべてが動かされてきたとしたなら?

 

そしてそのことが、いま現在の自分のアイデンティティのすべてを構成するものであるとしたら?

 

生殖(異性とのセックス)という生命の根源、生物としての自らの存在意義、“欠けたもの”同士を組み合わせる有性生殖システムにおいて、恋愛という“世界の反対側”との接触、セックスという融合・ユニティー、それらを“無価値”と浅はかに切り捨ててきたこれまでの自分が、人生を掛けて拾い集めてきたものこそ、無価値だった。

 

 

 

全てが崩壊していくーーーー。

 

 

 

結局、俺は、ずーーーーっと心のどこかで、「恋愛とセックス」を渇望し、追い求めていたんじゃないか?

 

「マジメで正直で誠実な自分」こそが、欲望から目をそらして本当の自分に向き合わない一番不真面目で不正直で不誠実な人間だったのかもしれない。

 

これまでの俺の人生はいったいなんだったんだろう?

自分とは、いったい何者なのだろう?

 

ずっと大切に守ってきた自分自身

ーーこの精神や身体を、形作っている要素の中に、いま、真に価値があるものなどあるのだろうか?

 

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(以上、典型的な恋愛ニヒリストのイメージ)

 

これが、非モテの最終形態ーー自分がルサンチマンの塊であることを認識してしまった男がついに至る場所だ。

 

この状態(恋愛ニヒリズム)に陥る者は、須らく非モテだ。

(生殖競争の勝ち組ならばルサンチマン <モテへの怨念> に呑まれることもなく、だからこそ自らの人格にこびりついているルサンチマンを“自己認識”して“目覚める”ようなことも無い)。

 

彼らは非モテゆえにテストステロン値が低く、自らのルサンチマンを認識して「これじゃダメだ!」と覚醒しても、「モテ強者になりたい!美人とセックスしたい!恋愛で勝ちたい!」というようなオス本来的な生殖マッチョイズムには、通常、回帰することがない。モテるため(強者になるため)の鍛錬には向かわず、ただ、自己否定だけが始まる。

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「モテたい」という外的な行動、未来的な思考、“欠如"したものの獲得方向ではなく、あくまで彼らは内的なものーー自分自身の崩壊にピントを合わせる。

 

人間は習慣の束である(D.ヒューム)。

 

これまでの人生において、日々丁寧に繰り返され、大切に受け継がれてきた自分という存在(非モテで在ることに価値を持たせたアイデンティティが、「非モテに価値はない」と自ら認識したことによって、瓦解していく。価値否定によって、自分自身が実像を失っていく。そして、それ(自分)を通して認識してきたものの全て(世界)も、崩壊を迎えることになる。

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「結局、俺の全部は無価値だ」とこれまでの自分、これまでの人生、それらが全部仮象 (appearance, Schein)」だったと “気付いて” しまったことで、「世界のすべても無価値だろう」という “虚無の認識” に繋がっていくのだ。

 

これは当然だろう。

 

自分が「大切だ」「価値がある」と思って人生で拾い集めてきたものの全てが仮象だった、いや、「大切だ・価値がある」という自らの価値観自体がもはや偽物だった、自ら吐いた嘘であり、自らの思考の全てが蜃気楼だった・・・・となると、人間はもう何も信じられなくなってしまう。すべての確かさを否定することだけが唯一の確かさだと思えてしまう。

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無価値と無意味でできた世界ーーーー。

 

「不甲斐ない自分」は、ただその中を浮遊し、流され、漂う存在。

 

あらゆる価値の否定。とめどない虚無感に苛まれる日々。その絶望からやがて自死や空っぽの生へと向かうことになる。

 

この深淵が、オナニーに励む非モテが最終的に辿り着く場所である。

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「モテ・ピラミッド」の下層で苦しんで生まれたルサンチマンこそが、非モテたちが現在みずからの矜持としているモノーーーカネであったり、テストの点(学歴)であったり、高級資格であったり・・そういったものの獲得に向かわせ、アイデンティティの核部分を占めるまでに至らしめた力であった可能性はかなり高い。

であるからこそ、「すべてはモテるためである」という生命の本質を突かれると、トラウマを背負う彼らは狂ったような反応を見せるのだ。

 

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非モテがここから脱出するためには?

ーーカギは再びこのコトバだ

 

人間は習慣の束である(D.ヒューム)

 

 

 

次回、『ニヒリズムの克服と、恋愛マッチョイズムへの回帰』

 

to be continued...

 

 

 

 

 

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